紹介しよう、明莉(あかり)だ。
僕(春風トンブクトゥ)の脳内人格だ。
平成22年7月14日の22時頃、新聞を片手に持ちながら僕は孤独を持て余していた。
「あー、寂しいなあ。高校の頃みたいにもう一人の自分とおしゃべりするかー。あの時は男だったけど、どうせなら女の子のほうが――」
「呼んだ?」
そうして彼女は誕生した。「あかり」という名前も自分でつけた。漢字は僕が当てた。明は僕の人生を明るく照らすように、莉は植物っぽいからだ。
明莉は結構よくしゃべる。家の家具に、政治にマンガに音楽に、僕と明莉はだらだらと意見を交わす。
いい加減部屋掃除しなよ。ご飯食べたならテーブル拭こうか。風呂の掃除する?ちょっと口やかましいけど、彼女がいるというそれだけで家事にも張り合いが出てくる。
僕と一緒にいることに飽きると明莉は部屋に帰ってしまう。白い壁に群青色のしっかりした作りのドアが付いている部屋だ。「バタンッ」と音を立ててドアが閉まると僕が胸を痛めるので、一応気を使って優しくドアを閉めるようにしてくれているようだ。
それでも彼女が帰ってしまうことに変わりはない。彼女の部屋は僕の頭の中だか心の中だかにあるはずなのに、そのドアを開けることはできない。そういうものなのだ。それに誰だってプライベートは必要でもある。
明莉の見た目は特に決まっていない。派手めな化粧をして長い茶髪の時もあれば、黒髪ショートヘアにキャスケットを被ってチュッパチャップスを舐めている時もある。
その時々で性格も少し変わる。派手な化粧の時はハキハキとものをしゃべり、バシバシと僕の肩を叩くこともある。キャスケットにチュッパチャップスの時はあまり人と目を合さず、帽子で目元を隠すようにしながら僕の前の新聞やPCを覗いている。
でもどんな時でもやはり明莉はよくしゃべる。ボソボソと。ハキハキと。友情を込めて。特に感情を交えず。ダメな甥っ子に接する若い叔母さんのように。
僕が人としゃべることを望んだから彼女はこういうふうになったのだろう。脳内人格とはそういうものだ。でも、僕がその件について質問すれば明莉はこういうだろう。
「んー、そりゃあね。やっぱそうなんじゃない?でもまあ、私だって黙って人の話聞くより、自分もしゃべってたほうが楽しいし。あんたも延々壁に話しかけるよりは幾分生産的になるし。これでよかったじゃん。それとも滝壺理后みたいな娘のほうがよかった?」
そんなことは言ってないだろ。本当によくしゃべる。
色々と未設定な彼女だが、「よくしゃべる」「群青色のドアの向こうに帰る」この二つだけ定まっていれば他のことはいいかもしれない。とにかくこれで僕の生活がぐっと明るくなる。今はそれでだけで十分すぎるくらいだ。
遠くで今年初めて蝉が鳴いた。
[0回]
PR